人はなぜ晩御飯について考えるのに「人生最期の瞬間」について考えないのか

はい、どうもツジ(@nirlog_net)です。

そろそろお腹がすいてくる時間ですね。晩御飯はなにを食べますか?

生きていれば腹が減る。腹が減れば「何食べよう?」と考えるのは当たり前の行動です。

それと同じように「生きていれば必ず死ぬという事実」があるにもかかわらず、最期の瞬間についてなぜ人は考えないのでしょう。

この「人は死ぬ」という事実も当たり前のことなのにおかしな話ですよ。

誰もが死ぬという事実

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【名言】おまえもしかしてまだ自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?

少年ジャンプで連載されていた幽遊白書に登場する「戸愚呂弟」の名言です。

ちょっと捉え方を変えれば、めちゃくちゃ深い名言だなって話を書きました。

人って死ぬんですよね。

むかつくあいつも、大好きなあの人も死にます。もちろんあなたも私も死にます。

それが平均寿命か、それ以上先なのか、はたまた明日なのか。それはだれにもわかりません。

でも生きるってことは、いつ死んでもおかしくないんですよね。

異常気象がもはや「異常」ではなく「普通」になっている現代です。何が起きてもおかしくないですよ。

誰もが死ぬ。それはまぎれもない事実なんですよね。

もっと真剣に考えてもいいのでは

腹が減る。食べ物を探す。普通ですよね。

人は必ず死ぬ。なぜ死に備えないのでしょう。同じく「普通」のことのはずなのに。

平均寿命まで生きれる人もいるでしょう。でも明日死ぬ人もいます。

今現在この記事を読んでくれているあなたが明日死ぬかもしれない。その可能性が「0」だなんてことはありませんからね。

もっと「死」を意識して日々過ごしてもいいんじゃないかなって思うんですよ。

どうせなら最高の死に方がしたくないですか?

後悔は少ない方がいい

「後悔せずに死ぬ」。そんなことできる人ってごくわずかでしょう。

だからといって「あれもこれもまだやっていないのに死ぬのか」なんて最後の瞬間は迎えたくないですよねー。

後悔はできる限り少ないほうがいいに決まっています。そう考えるとやることって見えてきますよ。

  • 仲間に囲まれてその時を迎えたいのか
  • 家族に囲まれてその時を迎えたいのか
  • 大事な人の最期を見送ってから一人で安心して最期を迎えたいのか

先のこと何て誰にもわからないです。でも仲間に囲まれて最期を迎えたいなら、今から「友達」を大事にしていかないと間に合いません。だって明日死ぬかもしれないから。

家族に囲まれて最期を迎えたいなら、人生を共に歩んでくれるパートナーが必要です。気持ちを伝えることをためらっている場合じゃありません。明日死ぬかもしれないから。

大事な人の最期を見送りたいなら、大事な人より長生きしなければいけません。それには心身ともに健康でいるための行動を起こさなけれいけません。

特に男性は女性より平均寿命は短いです。年下の奥さんと生涯を共にするなら、気合で長生きしなければ最期を見送ることができません(笑)。

そんなことをもっと考えてもいいんじゃないかなって思うんですよね。

人は死ぬために生きている

「人はなんのために生きているのか?」

答えは人それぞれ。そんな答えが無限にある質問にもかかわらず、「なぜ生きるの?」と悩んでしまう人もいます。

考えるだけ無駄ですよ。答えなんて自分で見つけ、感じるしかないですからね。

ただ80点くらいもらえそうな正解に近い答えが「死ぬために生きている」のではないかなと。

もう一つ付け加えるなら「最高の死に方をするために生きている」ということですよ。

死は避けれませんからね(笑)。

病院の天井を見ながら最期を迎えたいですか?部屋の天井ですか?それとも大事な人の笑顔ですか?

個人的なことを言えば「病院の天井」は嫌ですねー。奥さんの最後を見送りたいと考えていますが、もし私が先に死ぬなら「笑顔」で見送ってほしい。

悲しい顔で見送られると最期の瞬間が悲しくなるじゃないですか(笑)。

そんなことをイメージして、最高の死に方を考えながら日々すごしています。

もちろん事故で最後の景色が潰れた車内なんてのも嫌だし、災害で冷たい水や泥、熱い炎を最後の景色にするのも避けたいですよねー。

避けれないこともありますが、避けれることもあると思うんです。

安全運転をするとか、危険な場所には近づかないとか。他にもたくさんありますよ。

まとめ

お腹がすくことが当たり前のように、人が死ぬということも当たり前です。

今日の晩御飯を考えることが当たり前なら、最後の瞬間について考えるのも当たり前ですよ。

考えておかないと「こんな死に方をしたくなかった」なんてことになりかねません。

なんだかんだで「明日死ぬ」なんて可能性は限りなく低いです。低くなければ平均寿命がおかしくなりますからね(笑)。

きっと明日は隕石も落ちてこないし、宇宙人も攻めてこない。地球が爆発するなんてこともないでしょう。

でも「人は必ず死ぬ」という事実が変わるわけではありませんから。

別に暗い話を書いたつもりがありません。むしろ「死は必ずやってくる」と前向きに捉えれれば、「日々の恐怖」が少し減るし「悩み」も少し減ると思うんです。

たまにはそんな「死」について考えてみるのもいいものですよ。

現場からは以上です。

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