人、場所に依存せずどこでも生きていけるようになるために

はい、どうも和歌山フリーワーカーのツジ(@nirlog_net)です。

しがらみから開放され生きること。「簡単ではないけどいけるかも」って感じ始めています。

根拠はないけど、「生きていく自信」はあります。でももう一歩先に行きたいんですよね。

もう一歩先とは「人」「場所」に依存せずに生きていくというレベルのことです。

一人では生きていけない

人は一人で生きていけません。もうそんな言葉は聞き飽きましたよね(笑)。そのことは誰もが知る「事実」です。

「俺は一人で生きていくんだ」なんてそれっぽいこと言っても結局人と関わって生きていくんですよ。

でも、人と人の関係が争いを生むのも事実なんです。

人は争う生き物なんですよ。これは歴史が物語っています。世界平和は理想ですが、みんなが仲良しこよしなんて世界はきっとこないでしょう。

小さな争いなんて日常茶飯事、「あいつがどうとかこうとか」ばかりじゃないですか。

人はひとりじゃ生きていけない。だけど争い(無駄なストレス)を少しでも減らすために人間関係は最小にしておきたい。これが私の持論です。

ようは争いが嫌いなんですよ。

人に依存して生きて行きたくない

人ありきで「仕事」や「生活」「遊び」を考えると人に依存をしてしまいます。

もちろん「一人で人は生きていけない」を理解したうえでの話です。

どこかで「あいつがいてくれるから」なんて油断がうまれ、一人では何もできなくなってしまいます。

人に依存すると、自分の意思決定ができなくなっていきます。人が増えれば増えるほど自分の意志とは別の方向へ向かっていくものですよ。

なんらかの組織に身を置いたことがある人なら、こういったことを痛感した人も多いでしょう。

「人がいなければ」とコミュニティを大きくするのは危険

人は一人で生きていけないから、大きなコミュニティを作らなければ!

そう考えるのも自然なことかもしれないですね。でも先にも書いたように、人が集まれば争いが生まれるんです。大きなコミュニティとコミュニティの争いが戦争です。

逆にコミュニティが小さければ小さいほど、争いも小さいのです。

戦争は人に依存を重ねた結果が生み出した悲劇なんですよ。コミュニティは最低限でいいんです。

奪いあえば無くなり、分ければ残る。

こんな名言を言っている人がいました。

大きな経済には多くの争いがおこり、当然大きな犠牲が生まれます。残るものは一部の人の独占です。こんな大きなコミュニティに巻き込まれるわけにはいきません。

家族、恋人、少しばかりの友人がいればそれでいい。その中で分け与えながら小さな経済を回していくのが一番です。

場所に依存して生きていきたくない

場所への依存もないほうが圧倒的に自由です。

「この場所にいなければならない」という不自由が「言い訳」を作ってしまいます。

もちろん「この場所」で輝ける人もいます。でも多くの人が不満を抱え、自分の人生に納得せずに生きているように見えるんですよ。

自分にとって人生がうまくいく場所を見つけまでは流れているのが一番です。

流れるために

どこにいても生きていける。つまりどこにいても生活を成り立たせることができればいいんですよ。

場所を選ばず稼ぐスキルと、生活コストを抑えるスキル。この二つが大切ですね。

場所を選ばす稼ぐスキルは様々な方法がありますからねー。十分に可能ではないでしょうか。

生活コストさえ押さえてしまえばさらに自由度はグンと上がります。それにはやはり食を作るのが一番ですね。

魚を釣り、家庭菜園ができて、獣の肉にありつける。

あ、今理想に近いな(笑)。

そんな場所を見つけるまで流れていいんじゃないですかね。

大都会で大きなコミュニティに巻き込まれているのなら、さっさと脱出して自分で生きていけそうな場所を探しましょう。

人、場所に依存せずどこでも生きていけるようになるために

自由に生きていますけど、仕事をいただける人にやっぱり依存しているんですよ。この地域の人たちがいなければ生きていけない。これってやっぱリ弱いなって感じています。

性格上うっかり変なことを言ってしまう恐れもあります。「もうお前とは仕事できねぇな!」と言われるなんてリアルにあり得る話です(笑)。人に依存しすぎるのは危険ですねー。

仕事をいただけるってありがたいことです。でも「人」に依存していますからね。

結局人、場所に依存せずどこでも生きていけるようになるためには、とにかく場所を選ばず「外貨を稼ぐ」スキルが必要ってことに落ち着きますね。

目指す方向はやっぱりこちらですよ。

おわり。

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